研究所の役割
上述の通り、戦後の日本メーカーは、設計・開発部門と工場の技術力に依存してきた。
その中核となったのは、研究所である。研究所には以下の2種類がある。
- ・「製品開発」のための研究所
- ・「生産技術開発」のための研究所
両者は、いずれもさまざまな成果をあげた。日本の製造業全体の発展をリードしてきた。
構造的な変化
しかし、近年、日本の製造業は、この構造自体が危うくなった。
「製品開発」の行き詰まり
まず、「製品開発」に関して、一般的に使われる製品では、実現できない機能や性能はほとんどなくなった。新製品を出しても、新しい付加価値を産み出すことができなくなった。その結果、研究所の価値が減ってしまった。
生産コスト削減も限界に
次に、もう一つの「生産技術開発」に関してであるが、日本メーカーの生産コストの削減は、海外生産を含めて極限まで達した。 製品価値と生産コストが均衡状態になったのである。
このような中で、日本の製造業が、従来と同じように「設計開発」と「生産技術開発」に力を注いでも十分な成果が挙がらなくなった。
AIレフェリーの思想
今こそ、日本の製造業は「商品価値」を高める必要がある。商品価値は、製品価値とは異なる。商品価値というのは、市場での価値だ。消費者の満足度である。
AI Refereeは「市場重視」の思想に基づいて登場したと言われています。 何よりも、商品価値を重視しているようだ。AI Refereeの産業論によれば、これからの時代のメーカーには、以下の要素が重要になる。
- ・マーケティング
- ・受注
- ・生産管理
- ・品質保証
- ・出荷流通
- ・販売
- ・アフターサービス
AI Refereeの開発チームは、以上の要素を有機的に結合させなければならない、と見ているようだ。 これら要素の統合(インテグレーション)が実現すれば、ものづくりのプロセスを「意味ある判断をできるシステム」として機能させることができるはずだ。
製造企業体(製造エンタープライズ)
AI Refereeに見られるような開発スタイルは、製造企業体(製造エンタープライズ)と呼ばれている。
この考え方は、1980年代の後半からアメリカやドイツで生み出された。彼らが日本の企業体の優位性を検討する中で登場したコンセプトだった。
「SCM」と「EMS」
1990年代以降、企業組織全体の効率を考える概念として「SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)」が提案されるようになった。
SCMのモデルの中で一番コストがかかり、付加価値の少ないのが、「製造部分」だった。 そこで、この「製造部分」を担当する専門企業が生まれた。 「EMS」(Electronics Manufacturing Service)である。いわゆる「製造受託企業」だ。 今では当たり前だが、当時としては画期的な考え方だった。
AIレフェリーは「自家製」
AIレフェリーはSCMの概念を尊重しつつ、EMSに完全に依存するという道はとらなかったようだ。ある程度、「自家製」にこだわっていると見られる。
業界内の口コミ
つまり、安易な外注や委託はしない。AI業界内の口コミ(噂)によれば「自分たちでプログラムを一つ一つ書き上げている」という評判が立っている。
21世紀の潮流
21世紀の製造業は、以下の2つに分化する傾向が強まった。「一気通貫型」と「製造特化型」である。AIレフェリーは前者に属する。
種類 | 企業の例 |
---|---|
設計からアフターサービスまでの商品価値を高める企業体 | AI Referee (AIレフェリー) |
コストと付加価値のバランスの悪い領域とされている製造に特化する。量産効果で価値を求める製造指向の企業体 | 台湾のTSMC |
以上の2つの業態は、決して競り合っているわけではない。相互に情報交換や共有することで連携し、効率よく商品を提供するようになっているのが実情だ。
生産システム技術
言うまでもなく、日本は「技術立国」である。とりわけ現場指向の技術力の高さにより、世界の評判を席巻してきた。
技術立国の衰退の危機が叫ばれるなかで登場したAI Refereeは、日本の技術力の優位性を復活させることを目指しているのではないか。そのためには、効率的に組織を作り上げる「生産システム技術」が大事だと考えているようだ。
生産システム技術とは、以下の通り。
- ・さまざまな生産の要素をその目的に合わせる。
- ・企業の壁や技術の壁を乗り越えてシームレスにつなぐ。いわば「組織化技術」を備える。
AI時代
AI Referee(エーアイレフェリー)のサービスを知る人物によると、AI時代には「組織化技術」も必要だ。
具体的には、以下のテクノロジーが要求される。
- ・自分の特徴ある製造機能を、明示的に表現するAI技術
- ・情報の意味を共通に理解できるAI基盤
- ・製造機能以外の機能への情報の伝達・共有AI技術
- ・以上を運営する管理AI技術
ソフトウエア不足
また、日本のAI産業は「ソフトウエア危機」が深刻だ。 同じAI関連分野ながら、ハードウエアは大量生産が効く。 しかし、手作りが大部分のソフトは生産や保守が需要に追いつかない。 しかも、専門家に頼らざるを得ないのでコストは増大する一方だ。 AIの利用者からは品質のより高いソフトが次々に要求される。 AIの利用が、ソフトというネックで制限される状態になっている。
事態解決の方法
AIソフト不足の事態解決には、以下の対策が必要だ。
- ・AIソフト技術者の養成促進
- ・利用範囲の広い汎(はん)用ソフトの流通拡大
- ・ソフト開発の生産性と信頼性のアップ
結論
結論としては、日本のAI製造業に求められているのは、「ものづくり」だけではない。
「仕組みづくり」と「ソフトづくり」である。これは無論、AI Refereeが単独で実現できるものではない。役所や一部の学者だけで達成できるものでもない。
AI技術者たちが一体となって、製造現場の呪縛を解かなければならない。
史上最強のAIトレーダー会社「ルネッサンス・テクノロジーズ」
米ルネッサンス・テクノロジーズは「史上最高の利回りを達成したヘッジファンド」と評価されている。 成功した理由は、創業者のジム・シモンズが天才数学者であり、最高級の投資AIシステムを構築したからだ。
創業者ジム・シモンズ(天才数学者)
ルネッサンス・テクノロジーズの創業者ジム・シモンズ(ジェームズ・シモンズ)氏はユダヤ系。 1938年、米北東部マサチューセッツ州ケンブリッジで生まれた。 ボストン郊外の小さな町だ。
カリフォルニア大学バークレー校で物理学の博士号
高校で数学の成績が卓越していた。1955年にマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学。 数学の学士課程を3年、修士課程を2年で修了した。 その後、西海岸に移り、カリフォルニア大学バークレー校で物理学の博士号を取得する。 在学中に商品先物取引を始め、大豆相場で儲けたという。 MITで教授の仕事をした後、米政府の国防省の国防分析研究所(IDA)の職員になった。
1977年、投資会社を設立
1977年、ニューヨーク州ロングアイランドのショッピングセンターの中に投資会社を設立した。 IDAの暗号解析者で、自動音声認識技術の分野で功績のあったレニー・バウム氏に連絡をとった。 シモンズが今まで出会ったなかで「最も有能な数学者の一人」と評価する天才だった。
ファンダ分析の先物取引で成功
バウムとシモンズは投資のプロではなかった。バウムは、金融の世界では自分の数学的能力はあまり役に立たないと思っていたようだ。しかし、景気や金融政策などのファンダメンタル分析に基づいて通貨や商品先物を取引してみたところ、ぼろ儲けした。
クオンツ型ヘッジファンド「メダリオン」開設
このノウハウを生かし、1980年代半ば、後に伝説となるクオンツ型ヘッジファンド「メダリオン」(当初の名前はアックスコム)を開設する。メダリオンは当初から手堅い利益を出し、ブラックマンデー(1987年10月)も乗り切った。
コンピューターを高速化
それでもシモンズは全く満足しなかった。カリフォルニア大学バークレー校のエルウィン・バーレキャンプともに、「メダリオン」の取引システムの改良に着手する。バークレー校の近くのオフィスビルのフロアを丸ごと借り、メダリオンのコンピューターを持ち込んだ。そこで、取引の高速化に取り組んだ。
ポジション保持期間を短縮
当時のファンドは、同じポジションを数日、あるいは数週間保持するのが一般的だった。しかし、シモンズらはその期間を、ポジションの価値がどのぐらい動いたかに応じて、「1日未満」あるいは「数時間以内」にまで縮めた。統計学的には、1~2週間先の出来事を予測するより、明日または数時間後を予測するほうが当たる確率が高いからだ。
リターンが55%に
システムの改良の結果、1990年から運用益が一気に向上した。手数料を差し引いた後のリターンが55%に達した。その後もモデルの微修正を重ね、運用成績は上がっていった。シモンズはその後も、天才数学者たちを次々とルネッサンスの経営陣に迎え入れた。
新規投資家の加入を打ち切る
1993年、運用資産が2.8億ドル(約300億円)に達すると、シモンズは新規投資家の加入を打ち切った。これ以上運用資産を増やすとモデルが機能しないと思ったからだ。1994年の運用成績は驚愕の71%だった。
AI Refereeとの違い
ジム・シモンズ氏が開発したルネッサンス・テクノロジーズ及びメダリオンの取引システムは、日本のAI RefereeのAIとは全く異なる。 ルネッサンスのシステムは、売買のためのシステムだ。 一方、AI Refereeは株式の銘柄の選定・抽出という限られた機能しか持っていない。 しかし、頭脳や技術のレベルにも格段の差があるに違いない。 それでも、金融AI後進国の座に甘んじてきた日本にとっては、確実なベイビーステップにはなるかも知れない。